里山の集落では、顔の見える仲間同士が助け合いながら、日々の暮らしと仕事がひとつにつながった、
豊かな営みが受け継がれてきました。そこには、「つくる」と「生きる」が分断されていない、
供給と生活が循環する、日本の原風景のかたちがあります。
この里山の営みを“新しい生活のフィールド”として捉え、農家・生活者・まちの仲間とともに、
居心地の良い、農のある豊かな暮らしを共につくっていきます。
里山の集落では、顔の見える仲間同士が助け合いながら、日々の暮らしと仕事がひとつにつながった、豊かな営みが受け継がれてきました。そこには、「つくる」と「生きる」が分断されていない、供給と生活が循環する、日本の原風景のかたちがあります。
この里山の営みを“新しい生活のフィールド”として捉え、農家・生活者・まちの仲間とともに、居心地の良い、農のある豊かな暮らしを共につくっていきます。
1.里山の営みを“新しい生活のフィールド”として捉える
自分のいる場所だけが、生活のすべてではない
そんな気づきから、里山の営みが、
”これからの暮らしの原点”
であることに出会います。
自分のいる場所だけが、生活のすべてではない
そんな気づきから、里山の営みが、”これからの暮らしの原点”であることに出会います。
2.里山と溶け合うライフスタイルを実感する
農の体験や食材を分かち合いながら、
自分の暮らしと里山の営みが
つながっていることを、
“実感として”感じていく時間を育みます。
農の体験や食材を分かち合いながら、自分の暮らしと里山の営みがつながっていることを、“実感として”感じていく時間を育みます。
3.農のある豊かな暮らしを、共につくる
暮らしの中の困りごとや関心を
“食のテーマ”として持ち寄り、
農家・生活者・まちの仲間が学び合い、語り合い、
それぞれの豊かな暮らしを、共に作っていきます。
暮らしの中の困りごとや関心を“食のテーマ”として持ち寄り、農家・生活者・まちの仲間が学び合い、語り合い、それぞれの豊かな暮らしを、共につくっていきます。
これは、贅沢ではなく、未来の暮らしのインフラです
物価高騰や国産食材の不安定化が進む昨今、「どこから、誰と、どう食べるか」は、
暮らしの“安心”そのものになっています。棚田と食卓をつなぐことで、
未来の暮らしを支える“新しい生活のインフラ”をつくっています。
これは、贅沢でなく、未来の暮らしのインフラです
物価高騰や国産食材の不安定化が進む昨今、「どこから、誰と、どう食べるか」は、暮らしの“安心”そのものになっています。棚田と食卓をつなぐことで、未来の暮らしを支える“新しい生活のインフラ”をつくっています。
この仕組みは、“顔が見える関係”で出来ています
この仕組みは、“顔が見える関係”で、出来ています
棚田で育てる人。
それを食べる人。
共創する“まちの仲間”。
この3者が、顔の見える関係でつながることで、
作る・食べる・共創が、ひとつの輪になっています。
棚田で育てる人。
それを食べる人。
共創する“まちの仲間”。
この3者が、顔の見える関係でつながることで、「作る・食べる・共創」が、ひとつの輪になっています。
里山とつながる、最初の一歩
里山の営みは、特別な人のものではありません。少し足を運び、少し関わるだけで、
あなたの暮らしとやさしくつながりはじめます。
里山と出会い、関係を育てていくためのプログラムと“入り口”を用意しています。
1.イベント・ワークショップ
食や暮らしをテーマにした体験イベントや、農家・生活者・まちの仲間が集う学びの場を、
定期的に開催しています。
・旬の棚田ごはんを囲む食事会
・里山の営みを知るワークショップ
・暮らしの困りごとを“食のテーマ”で考える対話の場 など
それぞれの関わり方で、それぞれの“豊かな暮らし”が見つかる時間です。
2.集落・棚田
里山の集落や棚田で、田植えや稲刈りへの参加、棚田のお米や食の体験を通して、
「作る側」と「生活する側」が、顔の見える関係でつながっていきます。
里山の営みは、“見学するもの”から、“自分の暮らしの一部”へと変わっていきます。
里山とつながる、最初の一歩
里山の営みは、特別な人のものではありません。少し足を運び、少し関わるだけで、あなたの暮らしとやさしくつながりはじめます。里山と出会い、関係を育てていくためのプログラムと“入り口”を用意しています。
1.イベント・ワークショップ
食や暮らしをテーマにした体験イベントや、農家・生活者・まちの仲間が集う学びの場を、定期的に開催しています。
・旬の棚田ごはんを囲む食事会
・里山の営みを知るワークショップ
・暮らしの困りごとを“食のテーマ”で考える対話の場 など、それぞれの関わり方で、それぞれの“豊かな暮らし”が見つかる時間です。
2.集落・棚田
里山の集落や棚田で、田植えや稲刈りへの参加、棚田のお米や食の体験を通して、「作る側」と「生活する側」が、顔の見える関係でつながっていきます。里山の営みは、“見学するもの”から、“自分の暮らしの一部”へと変わっていきます。